「研究の国際化は学問の閉鎖性をとっぱらうことから」


人文科学研究所 藤原辰史准教授

201711月から約3ヶ月間、ハイデルベルク大学で集中講義をされていた人文科学研究所の藤原辰史先生に、一週間後の帰国を前に今回のハイデルベルク滞在でのご経験を振り返っていただきました(2018131日)。

待ち合わせをしたのは、ハイデルベルク大学の先生方もよく訪れるCafé Rossi。お茶どきの少し賑やかなカフェで、先生にとって「苦しくて楽しい」ゼミのことからお話が始まりました。毎週1回、”Cluster of Excellence Asia and Europe in a Global Context” MATSのコースに在籍する大学院生を対象に行われている2時間×2コマ=4時間のゼミの出席者は10-15人程度。ドイツ、アメリカ、中国、韓国など多彩な出身国の学生さんが相手で、「苦しい」のは英語での準備、とくに日本食や日本近代史の専門用語を英語で解説するための予習だったそうです。日本の食の歴史に関する英語の本を輪読するという内容で、話がエスカレートし脱線する学生たちを収めるのは大変と苦笑いされつつ、4時間があっという間の「楽しい」ゼミだったとのこと。放っておいても学生同士で議論が続く点を日本との違いとしてあげられました。

Café Rossi にて

 

様々な研究会にも参加された藤原先生は、(教授が質問すると学生が静かになってしまう日本と違って)教授の存在にお構いなく、積極的に自身の考えを述べ、質問をする学生の姿勢も日本とは異なると言われます。また一般に、その質問内容も「あなたが話したことからいくと、この部分は主題からずれているのではないか。むしろこちらこそが重要ではないか」などと研究内在的で「この論文やあの本を読まずにこれを論じてはダメだ」といった日本の学会でよく見られる「上から目線の」批判が少ないことも印象的だったそうです。

 

ヤゲウォ大学で行われたセミナー

そういったやりとりの場で言語はもちろん重要な要素ですが、「もっと大切なことがある。それは熱意と敬意」ときっぱり。ハイデルベルクはもちろん、ベルギーのルーヴェン大学やポーランド・クラクフのヤゲウォ大学などでセミナーを行い、トラクターの世界史や漬物の歴史や第一次世界大戦期の独日の食事情などについて多くの参加者と良い議論ができたのも、伝えたい・聴きたいという「熱意」と話し手と聞き手の間にお互いへの「敬意」があったから。「トラクターの歴史はこんなに面白いよとかなりマニアックに話したら、皆さん、熱心に聞いてくれました。自分と違うものに対する、労わりや優しさがありました」と微笑まれた藤原先生です。

 

そこで、「先生にとって研究の国際化とは?」という問いを投げかけてみました。「国際化=英語化ではない」「少数言語に対する敬意は人文学にとって極めて重要、自身も英語でやってしまったがドイツにあって故郷の出雲弁で講演をするのがよっぽど人文学的であったかもしれない」と。そして、ご自身は実はあまり国際化を考えていないと仰る藤原先生。それよりも日本の閉鎖的な学問空間を取っ払うことが先だ、と考えておいでです。

 

例えば自身の専門である食の歴史・その研究にあたって、「食研究の世界的権威に連絡をとって一緒に研究するという発想はない、それは国際化ではない」「まず日本の研究者と定期的に会合を開く、その日本の会合にアフリカの食を研究している日本の研究者を呼ぶ、その研究者からアフリカの研究者を紹介してもらう、そういった段階がないと国際化はすぐ止まってしまう」「熱意さえあれば、メールアドレスがみえてくる、メールを書けば返事がくる、そのうち論文を送り合う」「一緒に国際学会でパネルを組んだり、じっくり腰を据えて共同研究をしたりしたいと思ったときに、初めて財政的な支援を大学などに求めることになる、このように外国の研究者との関係性の熟すタイミングに臨機応変に対応する資金のインフラ整備こそ、研究の国際化にとって必要なのではないか」と藤原先生はおっしゃいます。

 

自分の研究をもっと広い観点から見たい、自己閉鎖的にならないようにすることが自然に国際化につながっていくのではないか、という藤原先生の言葉が胸に残っています。目的ではなく結果・成果としての国際化。「ハイデルベルク大学のモットーを学生から聞いてとても気に入った。Semper Apertusというのだが、これは「いつも開いている」という意味」「研究の国際化は学問の閉鎖性をとっぱらうことから始まるのだ」という藤原先生に、欧州拠点の存在は精神的な支えになったと言っていただきました。あらためて拠点として、あるいは拠点滞在のURAとして何ができるのかを振り返っています。そして、私たちも「熱意と敬意」をもって研究者や研究と対峙することがスタートであることを再確認することができました。■

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